19回目の北海道〜タンチョウと爆弾低気圧とワタシ
 2004・1・12〜14+15


19回目の旅行記は、早く書きたいと思いつつ約1年が経過してしまった。
というのは「物理的に北海道から帰ってこられなくなった」という初めての経験のせいもあり、
正直言って1〜2ヶ月は興奮しっぱなしで会う人会う人に「こわかったがねオイ」みたいに話していて、
自分の中であまりこの旅行の後半部分を冷静に振りかえれなかったという大きな原因があったからである(笑)。

でもこれから一人旅をする人のために、トラブルの時はこんな対処方法もある、ということを伝えなくてはならない。別にそんな使命はないが、頑張ってみることにする。





■平和な幕開け■2004・1・12




今回は釧路へ直行ではなく、札幌便。何故かと言うと冬季はナゴヤから釧路への直行便がないのだ。札幌からは特急「スーパーおおぞら」で4時間弱。
昨年とうろYH(ユースホステル)で仲良くなった札幌在住のの鉄道員S君がちょうど夜勤明けだそうで、一緒に昼ゴハンでも、という話になった。
新しくなった札幌駅は初めてなので、ゆっくり見たかったのだが14時の特急で釧路まで移動しなくてはならない。パセオの「よつ葉パーラー」に入ろうとしたが満席、
近くのお店でミニいくら丼とけんちん汁をいただく。短時間だったがいろいろ旅の話ができた上、若い男性の見送り付き(笑)で札幌駅を出発。この日は成人式で、
雪の上を歩く振袖姿がとても鮮やかだった。

「スーパーおおぞら」を降り、そこから小さな汽車で30分。いつもの駅で降りると、闇の中に痛いくらいに張りつめている冷気。
冷たいのに懐かしい。少し重い駅舎の木戸をガラガラっと開けて、自然と小走りになってゆく。
「ただいま〜」「おかえりなさい」

■自然を楽しみ、食に別れを告げる■2004・1・13

いつものことではあるのだが、私がとうろYHに泊まる時はホステラー(宿泊者)があまりいない。今回も2人だ。
今日は標茶町自然ガイドの水口先生と2人で早朝自然観察に出かけた。朝6時に出たものの、当然真っ暗。
「アナタは以前いらっしゃったことのある方かしら」「はい」「明るくなればお顔が分かるわね(笑)」・・
この日はエゾシカのねぐら(雪がその部分だけ体温で解けている)や足跡・食痕などを中心に見ながら、日の出が見えるサルボ展望台まで約1時間かけて歩いた。
日の出が近づいたのか、塘路湖の奥が真っ赤に染まる・・カメラの電源が、寒すぎて入ら〜ん(泣)電池をカイロで温めながらなんとか撮ったが、肝心のタイミングは逃してしまった。
でも、自分の目に焼き付けたからよしとしよう。

朝食後は、YHのとうさんに車でツルツアーに連れていってもらうことになっていた。行き先は名前通り「鶴居村」である。
初めはツルのねぐらの雪裡川。雪が少し降っていたが、タンチョウの美しさに寒さもどうでもよくなるほど。これだけの群れを見るのは初めてで、嬉しくて何度もシャッターを切った。
飛んでいる姿がやはり一番絵になるので、わざと飛ばせようと投石する心ないカメラマンもいるらしい。それはいかんよ。

そこから、サンクチュアリという給餌場に。
ここではもっと多くのタンチョウが集まって餌をついばんでる。あまりの数に、息を呑むほど。真っ白な雪とタンチョウ。しんしんと降りつづける雪。
風景は動き続けているのに、辺りはあまりにも静かで「なんだかすごい所に来てしまった」・・と思った。

この日は、塘路地区で唯一の昼食がとれる施設「ピルカ・トウロ」の閉館の日でもあった。標茶町が経営していたのだが、この後はどうなるか分からないとのこと。

宿泊施設としても人気が高く、TVで紹介された事もあってなかなか予約が取りづらいとも聞いていた。実際、私もここが好きで何回か食事をしている。
「最後の日」に居合わせるなんてこんなチャンスはない。

とうさんにお願いして、ツルツアーの帰りにピルカの前で車を止めてもらう。最後のランチはスズキと海老のソテーだった。
他にお客さんは一人だけ。こんな寒い雪の時に、ホントに寂しい閉館だ。初めて塘路に来たのは4年前の冬だった。
その時同室だった同じ年の子。
大きなカメラを背負っていて、二人で夢が丘まで歩いた。その後、ここでケーキを食べたなあ〜・・とか、夏に一緒にカヌーを漕いだ人と来て「道東YH対抗ソフトボール(?)」の話をしたとか。
初対面の旅人と親睦を深めるのに利用した思い出のレストランだ。帰りにレジでパンフレットは余っていないか尋ねたが、もうここにないので・・と名刺サイズのカードを3枚ほどくださった。

(2004年9月にとうろを訪れた際、再開していた模様。実際に行っていないのでどのような形態のレストランになったか不明)

その後塘路駅まで10分ほど歩き、釧路方面に向かって2駅の釧路湿原駅まで汽車に乗る。
細岡ビジターズラウンジでいつも通りのんびりハガキを書いたり、展示物を見たり係のおじさんと話したり。
「今年は雪が多いんですか?」「そうですね〜、今晩から少し荒れるみたいですよ」「明日帰るのでとりあえず札幌まで行けないと困りますけど〜」
「まあJRはちょっとやそっとじゃ止まりませんからね・・」

冬の細岡展望台の景色が一番好きだ。
意外かもしれないが、湿原には丈の長いアシが沢山生えているので多少の積雪では真っ白にならないのだ。むしろ白とベージュのまだらと言ったほうが正しい。
そして、蛇行する川は見るからに冷たそうで、鈍く光っている。人を寄せ付けない何かがあって、いつまでも眺めていたくなる風景。

でも実際は寒いし汽車の時間もあるので(笑)そこそこに切り上げ、塘路へと帰る。日没が早いので、どんどん闇が迫ってくる。今更ながら、こんな所に気軽に来られるようになった自分に軽く驚いた。1両の汽車が、学生におばあちゃん、登山者や通勤帰りの人、そしてナゴヤ人。いろんな人を乗せて釧路のマチから、湿原を通ってオホーツク海に向かってゆく。

夜は星を見るのが楽しみだが、残念ながら2泊ともムリだった。最終電車も、雪のせいかかなり遅れてやってきた。やはり今日も宿泊者はワタシ一人で、
夜はYHのかあさんと「ケイタイでメールできるようになったからアドレス交換しよ〜」なんていろいろな事を話しているうちに夜が更けていった。
かあさんが「ピルカのディナーがまだやっているようだったら、とうさんと3人で行ってみる?」とピルカに電話をしてみたが、もう留守番電話になってしまっていた。


・・・夜中。ものすごい吹雪で、風の音で何度も目が覚めた。


■朝起きたら、ラッセル車・・イヤな予感■2004・1・14
ゆっくり7時ごろ起床。寒いだろうなァ、といろいろ着込んでふと窓の外を見ると、駅にオレンジ色の何かが停まっている。

・・・ラッセル車?!

窓ごしに駅を見ながら荷造りしていたが、7時半頃に来る普通列車がなかなか来ない様子。早めに下に降りTVをつけてみる。
国道が至るところで閉鎖、391号も標茶で通行止め。鉄道の情報はなかなか表示されないが、飛行機の欠航なども今のところはないと聞き取りあえず安心。
しかし低気圧がものすごく発達しているので、大雪になるとのこと。

とはいえ、雪も昨晩ほど強くなかった。何とか行ける、と思った。この時は。

朝ゴハンの間も、ずっとニュースを見ながら「大丈夫だよね〜」と言っていた。
ちょっとヤバいかなと思い始めていたが、自分に「大丈夫だよね〜」と思い込ませようとしていた。

7時半の列車が少し遅れていたのが気になったので、標茶駅と知床斜里駅(有人駅・塘路駅は無人駅)の電話番号をメモして「いってきます!」とYHを後にした。
ここから、自然とのタタカイが始まったのだ(大げさ)。

塘路駅に着くと、やはり汽車は来ていない。
公衆電話で知床斜里駅に電話すると「定刻で出ています」標茶駅は「15分くらい遅れている」とのこと。標茶まで来ているなら、あと3駅。
もうすぐここに来るはず。とりあえず、釧路まで連れてって!

なんとか20分遅れで釧路駅に到着。時間に少し余裕があり、雪もそんなに強くなかったので駅を出て「柳月」で「三方六」(さんぽうろく/バウムクーヘン。オススメです)を購入。
駅内のミスドで少し甘いものを、と思い正面のホールを横切ろうとすると、いつになくごった返している。みんなの視線が、白いボードに・・・

「風雪のため 到着遅れ  10時52分着予定 「スーパーおおぞら1号」 始発札幌  遅れ55分」

ワタシは11:20発「スーパーおおぞら6号」で釧路〜南千歳(約3時間20分)まで行き、そこから乗り換えて一駅の新千歳空港駅に入る予定だった。
札幌を朝イチで出た「スーパーおおぞら1号」が釧路から折り返し「6号」として出発するのだが、これが55分遅れとボードに書いてあるワケだ。
「6号」の出発時間をとっくに過ぎた11:50頃ようやく釧路駅に「1号」が到着し、すぐに折り返し「6号」としてスタート。

初めはグングン進んでいて、いい感じだった。40分遅れで追分駅を過ぎ、「まもなく南千歳・・」のアナウンスが入り、隣の人にスミマセン、と声をかけ席を立った。

そこで停まっちゃったんだな(苦笑)。

その何もない、携帯も圏外の信号所で待つこと3時間半。予約しておいた飛行機の時間はとっくに過ぎているのに、電話もできないので欠航かどうかも分からない。
日が暮れて、窓も吹雪で凍りついて、時々揺れたりする。
運良く車内の公衆電話のすぐ近くに座っていたので、JALに電話してみるが話し中ばかり。列が長くなってきたのでなんとか職場にだけ「帰れないかもしれない」と連絡を入れた。
もう一度電話の列に並ぼうとしたら、もうすごい列になっていたので「もう南千歳でこんな天気なんやから千歳だって飛ぶワケないだろっ」と断念して、体力を使わないようにひたすら眠っていた。
千歳線の各所でポイントが凍りついてしまい、一つ電車を通しては除雪、また一つ通しては除雪、といった状態らしい。
車掌さんが「今分かっていることを順に申し上げますと・・」とマメにアナウンスをしてくれたおかげで、少なくともワタシのまわりでは騒ぎは起こっていなかった。

特急はそのまま乗っていれば終点の札幌まで行くのだが、あえて予定通り南千歳(定刻は14:49、着いたのは19:30)で降りることにする。
やっと電車がホームに入り、「扉が開きます」のアナウンス。凍りついていて開かない!!一番前にいた私は思わず扉を押すようにしてけっ飛ばした。
のろのろと疲れたように開く扉。周りの人がちょっと笑った。

南千歳駅では、まず方々に電話をしてみた。宿も取れていないのに札幌(ここから約40分)に行って、結局居場所がなくなったらどこで夜を過ごすことになるのか、と考えたわけだ。
どうせなら空港の方が暖かくてロビーも広いし、ここからは一駅。
良かったなあ、と思ったのが、いつも自分の乗る飛行機会社のツアーデスク(ナゴヤと行き先と両方)と宿泊先・主要駅の電話番号を携帯のメモリに入れておく習慣があったこと。
ここで大変役立った。電話番号を調べるためにまず電話、ではバッテリーもテレホンカードももたない。

案の定、新千歳空港にはつながらなかったのでナゴヤ空港にかけて、乗る予定だった便は欠航と確認し翌日朝の便の予約を取った。
その後もう一度新千歳空港にかけたところ、運良くつながったので「空港に夜滞在することはできますか?」と尋ねてみたが、「申し訳ありませんが、22時で閉める予定となっております。
苫小牧方面ならホテルの空きがあるそうです」との返事(最終的にはロビーを開放したようだが)。親切なんだけど、
苫小牧は札幌と正反対だし、電車がいつ走るか分からないなあ・・と困っていたところで、救世主が現れた。

今朝までお世話になっていた、とうろYHのかあさんから「大丈夫?何か手伝えませんか?」とメールが来たのだ。
そうだ、アドレスを交換したばかりだった!

「千歳方面のホテルの電話番号を教えてほしいです。札幌でもいいですが、吹雪で歩けそうにないので、千歳線沿線の駅から近そうなところならどこでも構いません」
そうしたら、インターネットで検索してくれたがどこも満員。翌日聞いた話だが、14日は全便の97%が欠航でほとんどの人が早い段階で札幌や千歳に宿を取ってしまったとのこと。
完全に出遅れ。もう仕方ないかな・・、札幌でオールのマンガ喫茶でも探すか〜と思いつつ、小樽行きの快速に乗車。でもやっぱりさっきと同じく、何十分か待っては、一駅ずつ進むというペース。
本来、札幌までは40分弱のはず・・

快速は停まらないような駅ばかりで時間を費やし、サッポロにはいつ着くんじゃあ!
とイライラしかけたところで「新さっぽろで地下鉄に乗り換えればいいじゃないか!」ワタシって素晴らしい!(笑)・・・そしたら、上野幌でまた動かなくなってしまった。
新さっぽろまであと一駅なのに!!!

そこで、救世主からまたメールが。
「札幌国際YHに予約を取りました。11時まで待ってくれるそうだから頑張って!地下鉄は現在平常運転だそうです。
地下鉄東豊線学園前から徒歩1分」・・・そうか、ユースって手があったんだ!と感謝感激。そして、地下鉄でOKじゃないか。
なんか元気が出たワタシは、「札幌まであとどのくらいですかねえ」と聞いてきた隣の人を、
「ここ、地下鉄通ってますからここから行ったほうが早いです!」と新さっぽろで一緒に引きずり降ろしてしまった(笑)。この時点で22時。南千歳から2時間かかっている。

地下鉄の駅に行くと、人身事故があったとのこと・・なんでよりによってこんな日に!
でも、直接ここの路線には関係なかったのでいいか・・でもよくないか・・大騒ぎだっただろうなあ・・・いろいろ考える。そろそろゴールが見えてきた。
でも、今ごろホントならナゴヤにいなくてはいけないのである(苦笑)。

学園前駅。階段を・・駆け上がれないっ!!ものすごい風が吹き込んでくる。地上に出て振り返ると、すぐそこにYHの建物は見えているのだが、猛吹雪。
下からも上からも雪が降ってくる。何度も足元をすくわれそうになって、やっとたどりついた。時計を見たら、23時少し過ぎ。やっと、横になれる。

YHなので、個室でも3800円。トイレ・お風呂・洗面は共同だが、とてもきれいな宿泊施設といった感じでまた利用したいなあと思った。
時間が遅いので、シャワーだけ浴びて横になったが、明日の飛行機のことが心配な上、電車の中でずっと寝ていたこともありなかなか眠れない。

1時頃、12日に会ったばかりの鉄道員S君から電話が入った。
帰りは「スーパーおおぞら」でまた札幌に戻ってくる、という話をしていたので、
彼は仕事をしながら「わ〜、ヌエさんの乗ったおおぞら、停まってる・・」と思いながら案内業務に忙殺されていたとの事。
緊急事態で帰るに帰れず、朝からずっと働いていたらしい。

「その切符、ちゃんと持ってる?5時間遅れだから、お金戻ってくるから」

乗車券は新さっぽろの改札で渡してしまったが、ワタシは特急券を記念に持ちかえる習性があり(笑)この時も、これが吉と出た。
「乗車券がないと難しいかもしれないけど、指定席の特急券でちゃんと日にちと電車の名前が載っているから一度聞くだけ聞いてみて」とのこと。
手持ち金が少なくなってきていたので、この情報はありがたい。とてもじゃないが、銀行になんて行けない。

・・TVで、過去にも例がないような爆弾低気圧であることを知った。
釧路より、札幌方面が特にひどいらしい。


■ホントはここにいるはずじゃない■2004・1・15

翌日朝イチでYHを出て、札幌駅に向かうとすでに改札の前に人だかり。
切符の払い戻しのことを聞いたら、「乗車券は?」「乗り換えがあって慌てていて、改札に出してしまいました」・・・それでも3000円弱戻ってきたので、ちょっと安心。

なんとか定刻から20分遅れで始発の快速「エアポート」が出発し、30分遅れで新千歳に到着したのだった。

そしたら。ワタシの乗る便、また欠航じゃないか!!!!

東京・大阪は飛ぶ予定があるのに、もともと少ないJALの名古屋便は夕方しか飛ばないとの事。それまで12時間も何してろっていうんだ。あちこち走りまわった上、
よくアナウンスを聞くとANAの方がナゴヤ便の空席待ち番号の呼び出しが多い気がしたので、JALを見限ってANAの午前便の空席待ちを取った。
それで運良く、午前中に飛行機に乗ることができ、午後2時半には家に到着できた。寝る所を確保してくれたYHのとうさんとかあさんにも、無事を報告。

 結論は「帰りでよかった」。
以後、鉄道員S君には「我が社の車輌を蹴飛ばした人」と言われている。

★役に立った物→テレホンカード(電車はカード式電話が多い)・駅や空港の電話番号
・クレジットカード(航空券を買い直した時にまとまったお金が必要だったので、これがなかったらホント困っていたと思う)
・固形のカロリーメイト(コンビニにすら行けないし、電車で10時間近くカンヅメになっていたので偶然バッグに2箱入っていて助かった)
・メモとペン(電話で予約をとる時に便利。飛行機だといきなり予約番号とか言われるので書きとめないといけない)

★カンが働いてよかったこと→(1)有料の特急列車が遅れたときは切符をとっておく
(2)どうにもならない時はどうにもならないので、ある程度情報を集めたら余り体力を使わないようにじっとしている(笑)
(3)地下鉄が通っていると思いついたこと。他の交通機関がないか考えてみる。
地下鉄は特に気候の影響が少ないので・・(ただ、よりによってこの日に札幌の地下鉄で人身事故が2件もあったそうで、夕方は大混乱していたそうだ)

★なくても何とかなったけど、あったら良かった→携帯の充電器。2泊くらいでは持っていかないのだが、こういう非常事態はバッテリーが命だと痛感。
でも邪魔だからこれからも持っていかないだろうなあ。靴下や下着ももう一日分あればよかったなあと思うが、
いつもこういう目に遭うわけじゃないから持っていかないだろうなあ(笑)今回は始終吹雪だったが、気候が回復していれば、コンビニに行ったりできるだろうし。


パタパタ〜!















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